知識が増えると毎日が楽しくなる理由|授業で習ったことが効いてくる話[#124]
友だちはお腹を抱えて笑っているのに、自分だけ「え、どこが面白いの?」となった経験はありませんか。
たとえば、バラエティ番組のモノマネ。学校の先生のモノマネを見ても、その先生を知らない子には、どこが面白いのかさっぱりわかりません。でも、その先生を知っている子なら「あー、確かにこんなこと言う!」と、一瞬で笑ってしまいます。
同じ映像を見ているのに、笑えるかどうかが変わる。この差を作っているのは、見ている人の中にある「知っていること」です。
実はこの仕組みは、学校の勉強とけっこう深くつながっています。モノマネの話から、順番に見ていきます。
知らないと、面白さが「見えない」
モノマネが面白いのは、本人のクセや口ぐせを知っているからです。モノマネそのものより、本人とのズレを楽しんでいるとも言えます。笑いの半分は、番組の側ではなく、見ている自分の頭の中にあるわけです。
ほかにも、こんな場面があります。
- サッカー:オフサイドのルールを知ると、「なんで今ゴールが取り消されたの?」がわかる。ボールを持っていない選手の動きにも目がいくようになる。
- 音楽:ギターを触ってみると、いつもの曲の中で「このコード、地味に難しいな」と気づく。
- 映画やアニメ:前作や元ネタを知っていると、セリフや小道具に仕込まれたオマージュに気づく。
- ゲーム:対戦ゲームのシステムを理解すると、プロの試合で何気なく見えた一手が「実はとんでもない判断」だとわかる。
「知っている」ことが、理解の力を変える研究
この話は、実験でも確かめられています。1988年にレヒトとレスリーが行った研究では、中学生に野球の試合の文章を読んでもらい、その内容をどれだけ覚えているかを調べました。
すると、ふだんの国語の読解力が低めでも、野球にくわしい生徒のほうが、読解力は高いけれど野球をあまり知らない生徒より、内容をよく理解して思い出せたという結果が出ています。
文章を読む力だけでなく、「その話題についてどれだけ知っているか」が、理解のしやすさを大きく左右するということです。好きなことなら長い文章でも頭に入ってくるのは、気のせいではなかったんですね。
知ったとたん、街が違って見える
もう一つ、似ているようで少し違う現象があります。こんな経験はないでしょうか。
- 新しいスニーカーを買った途端、街で同じモデルを履いている人をよく見かける。
- 英語の授業で新しい単語を習った日に限って、ネットの動画や歌詞で何度もその単語に出会う。
- 推しのグループを知った途端、電車の広告や店の有線放送で、その名前や曲がやたらと目につく(耳につく)。
スニーカーで考えてみます。
① 買う前
街を歩いている人の足元は、ほとんど見ていない。何を履いていても「景色の一部」でしかない。
② 買った後
同じモデルの人に気づく。「あ、色違いだ」と思ったりする。そのうち、ほかのブランドの新作も目に入りはじめる。
③ さらに知識が増えると
モデルごとの違いや、発売年、素材の特徴までわかるようになる。前は同じ「白いスニーカー」にしか見えなかったものが、別々のものとして見えてくる。
ここで大事なのは、そのスニーカーを履く人が急に増えたわけではないということです。変わったのは街ではなく、見ている自分のほうです。
脳は「大事そうなもの」から拾っている
私たちの目や耳には、毎日ものすごい量の情報が入ってきます。全部を同じように処理するのは不可能なので、脳は「自分にとって大事そうなもの」を優先して拾い、それ以外は意識の外に流しています。これを心理学では選択的注意と呼びます。
有名なのが、1999年にサイモンズとチャブリスが発表した「見えないゴリラ」の実験です。バスケットボールのパスの回数を数えてもらう動画の途中で、ゴリラの着ぐるみを着た人が画面を横切ります。ところが、パス数えに集中していた参加者の約半数は、ゴリラにまったく気づきませんでした。画面にははっきり映っているのに、です。
また、「最近よく見かける気がする」という感覚には、頻度錯覚(バーダー・マインホフ現象)という名前がついています。言語学者のアーノルド・ズウィッキーが2000年代半ばに広めた呼び方です。ただし、これは主に経験談や考察をもとに知られてきた現象で、「証明済みの法則」というほど研究が積み重なっているわけではありません。「そういう感覚になる人が多いらしい」くらいの受け止めがちょうどいいと思います。
結局、「アンテナ力」は上がるの?
「アンテナ力がアップする」という言い方は、感覚としてはかなり近いと思います。ただ、もう少し分けて考えると、3つの変化が同時に起きています。
- 気づく力が上がる:今までも視界に入っていたのに、認識していなかったものに気づく。
- 理解する力が上がる:気づいたものの意味や背景がわかる。先生のモノマネで笑えるのは、この力のおかげ。
- 面白がる力が上がる:前は何とも思わなかったものに、発見や驚きを感じられる。
この3つがつながると、同じ毎日を過ごしていても、楽しめるものが増えていきます。
プロの目は、見ている「かたまり」が違う
1973年にチェイスとサイモンが行ったチェスの研究も、参考になります。チェスの上級者は、試合の途中の盤面を数秒見ただけで、駒の配置をよく再現できました。ところが、駒をでたらめに並べた盤面では、初心者とほとんど差がつきませんでした。
上級者は記憶力が飛びぬけていたのではなく、意味のあるまとまりとして盤面を見ていたのだと考えられています。知識があると、同じものを見ていても、頭の中での「見え方」そのものが変わるということです。
学校の勉強は、アンテナの「部品」になる
ここまでの話を、学校の授業に当てはめてみます。
授業で習う内容は、テストのための暗記に見えることもあります。でも見方を変えると、これから出会うものに気づくための、アンテナの部品をもらっているとも言えます。たとえば、こんな具合です。
- 理科:雲の種類や空気の動きを習うと、空を見上げたときに「あの雲の形だと、明日は天気が崩れるかも」と思える。夕焼けが赤い理由を知ると、毎日の空が少し特別に見える。
- 数学:ガチャの「排出率3%」の意味がわかる。10回引いて当たらなくても、そこまで不思議ではないことが見えてくる。セールの「2割引」と「ポイント2割還元」の違いにも気づける。
- 英語:好きな洋楽の歌詞が少しずつ聞き取れる。ゲームや動画の英語の説明を、翻訳に頼らず読める場面が増える。
- 国語:マンガや小説のセリフが、なぜあの言葉選びなのかが見えてくる。SNSの言葉のすれ違いにも、気づきやすくなる。
- 社会:ニュースの言葉が、全部「遠い話」ではなくなる。旅行先の地名や街並みに、「だからこうなっているのか」という理由が見えてくる。
- 家庭科・保健体育:食事や睡眠、筋トレの話が、自分の体の話としてつながる。
習ったその日には、「これ、何の役に立つの?」と思うかもしれません。でも、モノマネの例と同じで、知識は、出会う場面が来て初めて「効いて」きます。そして、その場面がいつ来るのかは、習っている最中にはわかりません。
知っていることが多いほど、次の知識が入りやすい
もう一つ、知識には「雪だるま」のような性質があります。教育心理学者のキース・スタノヴィッチは1986年の論文で、語彙や知識が多い人ほど本を読んで新しいことを吸収しやすく、その結果さらに知識が増えていく、という循環を指摘しています。逆に言うと、今コツコツ身につけた知識は、あとで新しいことを覚えるときの土台になるということです。
知識は、次の知識を連れてくる
知識が知識を呼ぶ流れは、日常でもよく起こります。
学校の授業で戦国時代の歴史を習ったとします。
歴史を知る
→ お城に興味がわく
→ 実際に見に行ってみる
→ 石垣や地形のおもしろさに気づく
→ 当時の人の暮らしが気になる
→ 歴史がさらに面白くなる
最初は「テストのために覚えた知識」だったものが、次の興味を生み、行動を変え、また新しい知識につながっていきます。
心理学者のジョージ・ローウェンスタインは、人が好奇心を感じるのは、「自分が知っていること」と「知りたいこと」のあいだに、すき間があると気づいたときだと説明しています(1994年)。何も知らない分野では、そもそもすき間が見えません。少し知ると「ここがまだわからない」が見えてきて、もっと知りたくなる。知識が増えるほど気になることも増えるのは、そういう仕組みだからかもしれません。
勉強がめんどうなときの、ひとつの考え方
テスト前に、「これ、本当に必要なのかな」と思う日はあると思います。そう感じるのは自然なことです。それに、習ったことのすべてが、将来ぴったり役に立つわけでもありません。
ただ、ここまで見てきたように、どの知識がいつ、どんな場面で効いてくるかは、前もってはわからないものです。しかも、効いてきたときには、たいてい「なんかこれ面白い」という形で現れます。
そう考えると、毎日の勉強は、今のテストのためだけでなく、これから先に出会う景色を、もっと楽しめるようにするための準備と言えるかもしれません。
授業の中でできる、小さな実験
無理にがんばらなくても、アンテナの変化は体験できます。
- 授業で「へえ」と思ったことを、1日1つだけ決めて、「これ、日常のどこで見かけるかな」と探してみる。
- 今日習った英単語を1つだけ覚えておいて、1週間のうちに何回出会うか数えてみる。
- テスト勉強のとき、「この単元、好きなゲームや音楽に関係ないかな」と1回だけ考えてみる。
たいていは、調べたり意識したりしたあとの数日間で、その話題が妙に目に入ってくるはずです。それが、アンテナが立ちはじめたサインです。
まとめ
知識が増えることは、世界が広がるというより、今まで見えていなかった世界が見えるようになることに近いのかもしれません。
学校の勉強は、そのための材料を、毎日少しずつ手渡してくれています。受け取ったときには地味に見えても、あとでモノマネ番組のように「あ、これ知ってる!」と笑える場面が、きっとやってきます。
そして、その世界には、まだ気づいていない面白さが、たくさん隠れています。
参考にした研究
- Recht, D. R., & Leslie, L. (1988). Effect of prior knowledge on good and poor readers’ memory of text. Journal of Educational Psychology, 80(1), 16-20.
- Simons, D. J., & Chabris, C. F. (1999). Gorillas in our midst: Sustained inattentional blindness for dynamic events. Perception, 28(9), 1059-1074.
- Chase, W. G., & Simon, H. A. (1973). Perception in chess. Cognitive Psychology, 4(1), 55-81.
- Stanovich, K. E. (1986). Matthew effects in reading: Some consequences of individual differences in the acquisition of literacy. Reading Research Quarterly, 21(4), 360-407.
- Loewenstein, G. (1994). The psychology of curiosity: A review and reinterpretation. Psychological Bulletin, 116(1), 75-98.
頻度錯覚(バーダー・マインホフ現象)については、体系的な実験研究は多くないため、参考文献には含めていません。
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